その時何があった?

1965年

☆港湾☆

港湾整備5ヵ年計画
政府は65年を初年度とする港湾整備5ヵ年計画を決定した。
投資規模6500億円のうち4850億円を国が負担又は補助するという内容である。

---外国貿易ふ頭整備公団---
8ヵ年計画で、横浜、神戸、名古屋にふ頭を建設。利用者に貸し付けるという内容で、
外国貿易ふ頭整備公団が発足した。



☆空港☆

このままのスピードで羽田空港の発着回数が伸びていくと、
1970年度に限界がくると判断されたため、政府は閣僚懇談会を設け
千葉県富里を新空港に内定した。

☆雑貨工業☆

1965年の日本にとって雑貨は重要な輸出品である。
主な品目は、鉛筆、万年筆、金属製おもちゃ、ピアノ、オルガン、ハーモニカ、
金属製洋食器、マッチ、ダンボールなど。
北アメリカ、アジア、ヨーロッパなど世界中に輸出している。

---統一ブランド、日本デザイン---
中小業者のブランドでは海外に通用しないため、65年度から中小業者の統一ブランド化の
指導が通産省から行われた。
日本デザインの製品が海外で盗用される事件が続いたため
「意匠、商標盗用防止協議会」が作られた。



参考資料:朝日年鑑 1965年(朝日新聞社)

景気動向指標グラフ


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