その時何があった?

1965年

☆経済☆

1965年の日本経済は、戦後の高度成長期から安定期に以降する間の「ひずみ」のような年となった。
重大事件としては山陽特殊鋼の破綻、山一債権問題の表面化、日本銀行の特別融資発動などがあるが一番は「国債発行」である。

----国債発行政策----
これまで高度成長期にあって、技術革新、耐久消費財などの消費革命を行いながら
民間設備投資を「てこ」として自律的回復(コントロールできる回復)をしてきた
日本経済だが、過去数年の高度成長の行き過ぎから、設備過剰となり自律的回復力を
失っていった。
深刻な不況、税収の減少などもあり、国債発行で財政規模を拡大させ、
さらに減税を行うことで経済に活気を与えることが必要となってきた。
石油、用紙、セメント、非鉄などが上向き気配と思われていたが
3月の山陽特殊鋼の倒産、年度末の企業の業績の悪化などから上向きの気配が
まったく見えない「なべ底景気」となり一種の「恐慌状態」となっていた。
金融引き締め政策が解除されたことで経済の活性化を望まれたが、設備過剰から
在庫投資も行われず、景気が浮揚することはなかった。

----証券業界の危機----
高度成長期に集めた資金をもとに営業拡張を行っていた証券会社は、支払利子の増加、
人件費の増加、会社の業績の悪化などで危機を迎えていた。

☆道路☆

第4次道路5ヵ年計画が1月25日に閣議で決定された。基本方針は、開発地域への
高速自動車道路とそれをつなぐ一般道路網の整備、渋滞緩和のための道路の整備で
ある。
名神高速道路が7月1日に全面開通した。
東名高速道路と中央高速道路の「東京〜富士吉田」間の工事が始まっている。


「1965年10月基本計画決定の5自動車道の概要」から作成


参考資料:朝日年鑑 1965年(朝日新聞社)


景気動向指標グラフ


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