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☆経済☆
1963年の日本経済は、景気の回復から上昇へと予想を超えたスピードで進んでいった。
その結果、年半ばから国際収支の悪化の様相が現れはじめ、60年以来からの
消費者物価の値上がりは、いっそう激しくなっていった。
前年(1962年度)の国民所得は19兆3152円(国民一人当たり20万3036円)
経済成長率は名目8.9%、実質5.9%だった。
着実な景気上昇を続けていたが、国際収支に不安材料を抱えていた時期でもあった。
消費者物価も上昇を続けていて総選挙の際に自民党、社会党が物価問題で争ったり
していた。
物価の値上がりの主因が、高度成長政策の「ひずみ」と判断された結果、
1960〜1970年までの10ヵ年計画として作られた「国民所得倍増計画」の手直しが
行われた。
物価問題懇親会の報告書を受け、公共料金引上は1年間ストップするという
「物価安定具体化策」が出された。

☆道路☆
1956年に道路公団が設立されて道路増設計画が進んでいたが、
この頃自動車台数が驚異的に増えてきて、新たに新道路5ヵ年計画(1964〜1968年)
が立てられた。
日本初の高速道路「名神高速道路」1963年7月に「尼崎〜栗東間」に開通したことに
始まって、高速道路の建設が猛烈な勢いで進んでいる。
名神高速道路「小牧市〜西宮市間191km」1965年度完成に向け建設中
東海道幹線自動車国道「東京都〜小牧市間約35km」1969年度完成に向け建設中
中央自動車道「東京都〜富士吉田市間92km」1968年度完成に向け建設中
この高速道路を建設するにあたっては、国際復興開発銀行から日本政府の保証のもと、
すでに3度の借款をしている。東名高速道路は第4次借款を申し込んでいる。
☆自動車☆
自動車登録台数が1962年度441万1000台となり1955年度からの7年間で約4.1倍と
なっている。
これは1964年度に出された広告に載っていたもの。1963年はまだ国民105.1人に1台の保有の割合。

☆オリンピックに向けて☆
東京都はオリンピック準備局をおき、開催都市として、道路の整備、拡充、都市環境の整備、
大会時の施設の新設、改修、外国人客の受け入れ、公徳心の高揚などについて
OECを側面から援助する。とある。
参考資料:朝日年鑑1963年 1964年(朝日新聞社)
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